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chapter,5 (2)

last update 公開日: 2026-07-30 19:51:43

 パシャリパシャパシャと、写真を撮る音が洋館中に響き渡る。警察に呼ばれ、屋敷中の人間が……自我の崩壊した鈴代紗枝は美弦によって鍵のかけられた部屋に残されていたが……集合する。紗枝を除いて九人だ。

鈴代夕起久の弟で鈴代の叔父、叔母にあたる明起久と玉貴。彼らの一人息子、賢季。

 鈴代家に仕える女中頭、市川房江。メイドの近淡海緑子と遠藤美弦、三日前から働き出したばかりの東金豊。

 そして、上城と鈴代。

 平井は見かけない人間が二人もいることに気づき、顔をしかめたが、何事もなかったかのように自分の仕事を続けていた。が。

「死後一時間以上は経過しているみたいですね」

 上城が口にした何気ない一言を、平井は見逃さない。

「どうしてそう思った?」

「花が萎れています」

「は?」

 思いがけないことを言われ、平井は絶句する。花台の上に置かれていた人の頭を割れそうな重々しい陶器の花瓶を、手袋をした鑑識がおそるおそる持ち上げる。呆気なく持ち上がる。溢れるよう

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  • SpringS ーハルタチー   chapter,5 (2)

     パシャリパシャパシャと、写真を撮る音が洋館中に響き渡る。警察に呼ばれ、屋敷中の人間が……自我の崩壊した鈴代紗枝は美弦によって鍵のかけられた部屋に残されていたが……集合する。紗枝を除いて九人だ。 鈴代夕起久の弟で鈴代の叔父、叔母にあたる明起久と玉貴。彼らの一人息子、賢季。  鈴代家に仕える女中頭、市川房江。メイドの近淡海緑子と遠藤美弦、三日前から働き出したばかりの東金豊。  そして、上城と鈴代。  平井は見かけない人間が二人もいることに気づき、顔をしかめたが、何事もなかったかのように自分の仕事を続けていた。が。「死後一時間以上は経過しているみたいですね」 上城が口にした何気ない一言を、平井は見逃さない。「どうしてそう思った?」 「花が萎れています」 「は?」 思いがけないことを言われ、平井は絶句する。花台の上に置かれていた人の頭を割れそうな重々しい陶器の花瓶を、手袋をした鑑識がおそるおそる持ち上げる。呆気なく持ち上がる。溢れるように金木犀の花が生けられている割に、軽かった。持ち上げた途端、はらはらと橙色の小花が舞い散る。「警部、水が入ってません」 平井は上城を見て、頷く。その横で、明起久が唸っている。彼の洞察力の鋭さは、父親譲りのものだろうと。  上城が平井と対話しているのを呆然と眺めていた鈴代は、肩を叩かれ、顔を向ける。豊だ。「……なんですか」 「あたし、あんたを疑うのが怖くなってきたわ」 「はぁ」 気の抜けた返答を見て、豊は困惑する。「人殺しの魔女、って罵ってくれた方がこっちとしては相手しやすいんですけどね」 溜め息の後に出た言葉は、まるで豊を牽制しているかのよう。それを見た豊は、ぷぅと頬を膨らませ、小声で言い返す。「やっぱやめるわ。あたし、あんたの曖昧な態度大っ嫌いだから」 「それは、人殺しの魔女がわたしであるということを認める発言ですか」 「いいえ。疑ってるだけ。本当だったらあたしがマドカの仇を討ってるわ」 「それは心強い」

  • SpringS ーハルタチー   chapter,5 (1)

     冬将軍に唆されて、魔女はついに動き出す。  死神に選ばれたのは。選ばれたのは……    * * * 「あなたが、第一発見者ですね」 夕方六時四十五分。通報を受けた警察が駆けつけて、洋館の周囲をパトカーの赤い光が照らし出す。玄関に集う関係者たち。「……そうです」 平井に問われ、頷いたのは、鈴代一族とは無関係な綺麗な顔だちをした少年。鈴代泉観の肩を抱いていることから、どうやら次期財閥当主と親しい人間らしい。「お名前は」 「上城春咲です」 「カミジョウ?」 一瞬だけ、ざわめきが生まれる。だが、上城が口を開くと、そのざわめきは一蹴されたかのように消える。  ……スザク?  だが、上城という言葉に反応した人間だけではなかった。上城の名前を耳にして大きく眼を見開いた人間もいた。豊だ。  ……賢季が言ってた「スザク」が、愚者なの?  豊の表情の変化を見た賢季は、無表情のまま、彼女の様子を確認している。「親父は、関係ないですよ」 上城は困ったように平井を見つめる。  鈴代は、叔父たちの困惑顔を見ても無表情だ。自分が彼のことを好きになったのだから。上城は、自分の父親を、彼らが個人的な理由でロシアへ遠ざけたことを、知っているのだろう。それでも、憎まれ口一つ叩くことなく、淡々と事情聴取に付き合っている。  泉観の傍にいたのが、上城夏澄の一人息子だと理解していたのは、本人と賢季、それから彼を接待した女中やメイドたちだけだ……そして、すでにそのなかの一人が、亡き者になっている。    * * *  死体が見つかったのは玄関を抜けてすぐわきにある花台の下。橙色の金木犀がむせ返るような甘い香りを漂わせていた。だから血の匂いに気づけなかったのかもしれない。  花台を飾っていた白いレース編みがされたテーブルクロスに、不似合いな赤い染みがあったことに、鈴代邸から帰ろうとした上城が気づいたのだ。そして、そのテーブルクロスを捲ると……身体を胎児のように丸めたま

  • SpringS ーハルタチー   chapter,4 (6)

     バタン!「どうしたんだいそんな大きな音を立てて扉を閉めるなんてなっていないなぁ」 「ちょっとどういうことよ!」 鈴代から逃げるように豊は賢季の部屋へ向かった。賢季は顔を真っ赤にしてぜいぜい息を切らせている豊を見ても、何食わぬ顔で憎まれ口を叩く。「なんのことだい?」 「鈴代泉観のことに決まってるでしょ!」 賢季はそれでも首をかしげたまま。豊は彼を無視してソファに腰掛け、言葉を続ける。「彼女は自分を人殺しの魔女だと認める発言をしているわ。もしかしたら殺しているかもしれないと」 「そのようだね」 「でも、マドカのことを問い詰めれば問い詰めるほど、彼女は不思議なことを言ってあたしを煙に巻くのよ、これじゃあ本当のことを知ることなんてできるわけないじゃない!」 真実を知りたくないか? そう、賢季は豊に提案したのだから。  真実を知る方法なんて調べてもいなかった。だから、該当者とはちあった瞬間、感情に任せて憎しみを振りまいていた自分。  これでもし、彼女が円を殺していないとわかったら。豊はその可能性に気づき、愕然とする。  ……今までそのことにすら気づけなかった不思議。  まるで何者かによって操られていたかのよう。鈴代泉観こそ妹の円を殺した憎き人殺しの魔女だと。  そもそも。  ……なんであたしは、葬式の時に彼女のことを人殺しの魔女、だなんて叫んだの?  黙りこんでしまった豊を見て、賢季が声をかける。「簡単な暗示だな」 「え」 「人殺しの魔女という非現実的な呼び名を、ユタカは自分が自分で口にしたと思い込んでいるようだけど。実際のところ、そうであると誰かが認めているのか?」 賢季の怖いくらいに真面目な口調が、豊を驚かせる。「本当のことを、覚えていないのは、泉観だけじゃないんだ。ユタカ、君が本当のことを取り戻さない限り……本当のことを思い出さない限り、君が知りたい真実は浮かび上がってこないよ」 ……あたしの目の前にいるのは誰? 賢者の言葉に耳を傾け

  • SpringS ーハルタチー   chapter,4 (5)

    「ようこそ、上城様」 門下で鈴代と上城を迎えてくれたのはこの館の執事、小堂雄二郎だ。  黒いスーツを着ている彼は、ダンディな伯父さんのようにも見える。だが、鈴代の親戚ではないらしい。「わたくしめは夕起久様の傍に仕える人間ですから」 鈴代家と小堂家は古くから交流があったらしい。小堂家の次男坊だった彼は、弟のような存在だった夕起久に仕えることを選んだという。上城はふぅん、と気の抜けた声を出す。「お邪魔します」 鈴代に連れられて、上城は彼女の部屋に向かう。すれ違いざまにメイドの緑子に挨拶される。つられて上城も礼を返す。鈴代は無視して階段を上っていく。  二階の廊下へ出たところで、上城は思いがけない人間と再会を果たす。それは。  メイド服を着こなし、雑巾片手に歩き回っている豊で。「お、お前」 「……なんでこんなところに愚者が」 鈴代は豊と上城が顔を見合わせ、互いに納得いかない表情をしているのを見ても無表情でいる。「お前こそなんでここに」 「見てわからない? 鈴代邸で働いているの」 「この人よ。東金豊さん、一昨日から賢季さんに紹介されて働き出した人」 鈴代の淡白な態度に、上城が豊から顔をそらす。「そして」 何か言いたそうな豊の前で、鈴代は冷酷にも、彼女が思っていることを、そのまんま口にする。「わたしが殺したかもしれない人の、お姉さん」 急激に温度が下がったような感覚に、上城は陥る。鈴代と豊の睨み合いは、それだけ生々しかった。  真実を知らない同士の、真実を知るための戦い。まるでこの睨み合いが戦いの合図みたいだ。  だが、鈴代の投げやりな態度が、上城には理解できない。だから。「スズシロ」 言い過ぎじゃないかと、上城が声をかけたその時。「あんたがマドカを殺したの?」 豊は声を荒げる。何度も何度も彼女に聞いたことを、もう一度口にする。  鈴代は、それでも無表情のまま、首を左右に振る。殺したとは

  • SpringS ーハルタチー   chapter,4 (4)

     東金円。それが鈴代の前で命を絶ったクラスメイトの名前。上城が、知ろうとして知ることのできなかった過去の情報。「でも、本当に何も覚えていないんだ」 鈴代は、わからないと、上城に告げる。  これで何度目だろう。彼女が自分の体験したであろう事柄を「わからない」と一言で放棄したのは。  本当に鈴代が何も覚えていないのか、それともあえて何も言わないのか、まだ、上城には理解できない。きっと、賢季も同じような状況なのだろう。だから上城は鈴代の漆黒の瞳を見て、頷く。「そっか」 鈴代を追い詰めるような言葉をかけても、きっと彼女は同じ反応しかしないだろう。それなら、その東金豊という人間に話を聞いた方が何か新しいことがわかるかもしれない。  そう考えているのが推測できたのか、鈴代が誘う。「なんなら今日、うちに来る?」    * * *  ブレザーのリボンタイをほどいて、ブラウスのボタンを一つ一つはずしていく。  制服からメイド服に着替える時間は五分強。最初の頃は十分以上戸惑っていたが、三日もすると慣れてきたのか、素早く準備することができるようになった。  両親には友人の紹介でハウスメイドのバイトを始めるとだけ言っておいた。もともと自分のことは自分で責任を持って行う豊を両親は信頼している。それに、放課後から夜九時までという限られた時間だったこともあり、特に文句も言われなかった。部活のある水曜日と金曜日は実質二時間ちょっとしか働けないのだが、それは仕方のないことだ。  学校から鈴代邸まで歩いて十分少々。バイトが禁止されているわけでもないので豊は制服で堂々と通っている。 この三日間でわかったことは、泉観の学校は授業の後に補講があるらしく、帰りはいつも五時前後だということ、部活には何も所属していないということ、改めて綺麗な女の子だということ……このくらいだろうか。  円の死について、いきなり問いただすわけにもいかない。自分が誰であるかばれないように行動しなければいけない。それは、ある意味スパイ行為に近いものかもしれない。「無駄だと思うよ

  • SpringS ーハルタチー   chapter,4 (3)

     豊が鈴代邸に足を運ぶようになって二日。  泉観は賢季の紹介でやってきた彼女を、一目見て、自分に敵意があると理解した。  豊も、泉観の前にいると、身体が強張るのか、ぎこちない動作になってしまう。とてもお嬢様にお仕えする人間とは思えない。これでは螺子の緩んだ玩具だ。  そんな二人の意外な対面を、嬉しそうに見守っているのは当事者の賢季。  泉観は、豊が自分を快く思っていないことには感づいていたが、彼女が死んだクラスメイトの姉だということにはまだ、気づいていない。が。「スズシロ、なんか腑に落ちないんだけど」 と、上城に言われて、きょとんとする。「どうして?」 ここ数日の出来事をダイジェストで伝えていた鈴代は、上城が思わぬところで口出しをしてきたことに疑問を抱く。  それは、普段だったら聞き逃しそうな一瞬。「賢季さんの行動だよ」 窓際の席で、二人、飽きることなく語らう姿は、日常の一部にまで溶け込んでいる。だが、二人が親しくなるにつれて、鈴代の周囲で起こった事件は、難しくなっていくような気がすると、上城は唸る。「その女の子が誰なのか調べておいた方がいいって。きっと泉観のことを呪われた人殺しの魔女だと思い込んでるよ」 「……あ」 「どうした?」 突然、何かを思い出したかのように、鈴代はガタリ、椅子を鳴らす。教室のざわめきが一瞬だけ消えるが、すぐさま何事もなかったかのように、音を取り戻す。「スズシロ?」 「彼女かも」 「え?」 「きっとそうだ。魔女を捕まえに来たんだ、今になって」 焦燥にかられた鈴代の表情を不審に感じた上城は、彼女の両肩を両手で包む。「スズシロ、落ち着け。何か思い出したのか?」 鈴代は俯いて、ぽつり、口を開く。「東金豊」 「え」 「わたしを、魔女と罵った、彼女の、名前」 真っ白な顔で、鈴代は告げる。思いがけない正体を。「わたしが、彼女の妹を、殺したかも、しれないから」

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